【ケニア派遣25日目・前編】牛5000頭のステータスと、「Dead or alive」の哲学。現代マサイの生き方。

JICA海外協力隊
JICA海外協力隊ケニア派遣ナイロビ研修

ライオンキングの世界で迎える朝

大自然の中で迎える、ご来光。 地平線から昇るその太陽は、まるで映画『ライオンキング』の世界に入り込んだかのような、壮大で神々しい光景でした。

今日の目的は二つ。
マサイの暮らしを見ることと、養蜂事業の視察です。

午前中は、マサイの方々の商店や学校、そして畑を見学させていただきました。

牛は「貯金」ではなく「ステータス」

マサイ族の生活の中心にあるのは、やはり「牛」です。 牛乳と血は彼らの元気の源です。

特に驚いたのは、その数。中には一人で5,000頭もの牛を飼っている人もいるそうです。
しかし彼らにとって、牛は単なる資産ではありません。それは男としての「ステータス」そのもの。

換金するのは、病院や学校など、どうしても大きなお金が必要になった時だけ。普段の生計は、牛乳や鶏、そしてカレンジン族の影響で始めたというメイズ(穀物)農業で立てているそうです。かつては農業を行わなかった彼らが、時代の変化と共に新しい生業を取り入れている姿が印象的でした。

そして、そのステータスに応じて妻の数も増えます。
聞いた話では、6人の妻と60人の子どもを持つ男性もいるとか。
家族の規模が、そのまま彼の力の証明なのです。

「Dead or alive」の医療観

彼らの生活は、極めてミニマルです。
歯ブラシには「オソゴノイ」というミントのような香りのする木の枝を使い、薬は自生している植物で賄う。家は、近くで採れる土と木で作られた簡素なもの。 実際にお宅を訪問させていただきましたが、正直な感想は「狭く、暗い」。スマホは普及しており、小さなソーラーパネルで充電していますが、それ以外の電化製品は見当たりません。

ミニマルなキッチン。

しかし、そこに「貧しさ」ゆえの悲壮感はありませんでした。 彼らの医療に対する判断基準は、衝撃的かつシンプルです。「Dead or alive(死ぬか、生きるか)」。 骨折くらいでは病院に行かない。「明日死ぬわけじゃないから」と。出産も家で行うのが基本です。

争い事が起きても、警察の出番はありません。家族や長老が話し合いで解決するため、警察は暇を持て余しているそうです。

自分たちのコミュニティの中で、命も、秩序も守り抜く
その強烈な自立心に圧倒されました。

全部、無料の病院。医者は普段いません。緊急時は電話してきてもらいます。

伝統と革命の融合

案内してくれたガイドの男性になぜそんなに博識なのかと尋ねると、「ここで生まれ育ったからね」と得意げに語ります。

彼は大学を出て、7つの言語を操り、今は15言語マスターを目指しているというインテリジェンスの塊。そんなバイタリティ溢れる人材が、外の世界を知った上で、あえてこの地に帰ってくる

なぜか。 それは、この場所に、この文化に、この生き方に彼らの幸せがあるからに他なりません。きっと彼らは、「自分たちにとっての幸せが何か」を明確にわかっているのでしょう。
その幸せの要素に、お金も電気も必ずしも必要なく、私たちとは別の基準がある。だから、私が外から「不便そう」「退屈そう」と感じる生活の中で、彼らは驚くほど豊かに過ごしているのだと思います。

一方で、彼らは外の世界に興味津々で、私たちが質問する以上に、逆質問を浴びせてきます。
スマホや農業といった外からの便利なツールは柔軟に受け入れつつも、自分たちのアイデンティティである部族の核や伝統は、絶対に手放さない。

それが、現代を生きるマサイ族の姿でした。
そのしなやかなフュージョン(融合)はとても美しく、確固たる軸を持った生き方は、私たち日本人も見習うべきだと強く感じました。

小さなソーラーパネルがほとんどの家に置かれています。

新しいものを、伝統と折り合いをつけてどこまで許容できるのか、そのバランス感覚はきっと、もっと長期滞在しないと見えてこないのでしょう。私の任地のルヒャ族の感覚は時間をかけて掴んでいきたいと思います。

男性が大人になる時は、洋服を脱いでこの川を渡ります。
そういう儀式・儀礼は今でも大切にされています。

▼後半に続く

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