【ケニア派遣203日目】スーパーの3分の1でも「高い」と言われる壁。価値を伝えるための試食会と、同僚の強烈なアピール

胃痛を抱えた営業と、スーパーの3分の1でも「高い」という壁

ここ最近、どうにもお腹の調子が優れません。 食べ物が原因なのか、それとも水なのか、はっきりとした理由は分かりませんが、胃のあたりが妙にむずむずと痛みます。 今朝、農家さんのもとへ向かう途中も、あまりの苦しさに道路の脇で立ち止まりそうになりました。しかしケニアで暮らす以上、これくらいは日常茶飯事。少し深呼吸をして、だましだまし身体を動かしながら、なんとか現場へとたどり着きました。

今日は、キノコを約1.5kg収穫しました。 そのうちの500gは今後の品質評価も兼ねて乾燥用に回し、残りの1kgを個人向けに販売してみることに。嬉しいことに、私の大家さんが快く購入してくれました。

しかし、その後に農業オフィスの隣の部屋にいるスタッフにキノコを売り込みに行ったところ、一言「高すぎる」と断られてしまいました。

私たちが設定している価格は、カカメガタウンのスーパーで並んでいる価格のわずか3分の1。それでも、彼らにとっては「高い」と感じる対象になってしまう。

もちろん、彼らにお金がなくて支払えないわけではありません。 同じ重量、同じ価格であれば、彼らは普段から当たり前のように肉を購入し、何の躊躇もなくその金額を支払っているからです。

キノコが敬遠される根本的な原因は、彼らがキノコの「価値」をまだよく知らないことにあります。 営業をかけても、決まって訊かれるのは「どうやって調理すればいいのか」という質問ばかり。日本人からすれば、ただバターや油でサッと炒めるだけで極上のご馳走になるのに、彼らにとってキノコはまだ、調理法すら分からない未知の食材なのです。

価値の分からないものには、どんなに安くしても財布の紐は固いまま。 ただ価格を下げるだけの不毛な安売り競争に逃げるのではなく、まずは彼らに「美味しい、そして手軽だ」という体験を届ける教育が必要です。 来月中旬に予定している農家向けのフィールドデイ(実演会)で、簡単なキノコの「試食会」をプログラムに組み込んでみようかと思います。まずは一口、その美味しさを知ってもらうことから、売り方を丁寧にデザインしていきます。

毎日きのこは次々に生えてきます。
生命力恐るべし。

「朝勃っていなければ亜鉛不足!」同僚のたくましすぎる営業論

一方で、同僚オフィサーのキノコのアピール方法は、私とは全く異なるベクトルで、信じられないほど力強いものでした。

彼らは、キノコが持つ栄養価をもの凄くプッシュします。

特に、キノコに豊富に含まれる”亜鉛”の効能について。

ある女性の同僚は、周囲 of スタッフや農家さんに向けて、 「朝起きてちゃん勃っていなかったら、それは完全に亜鉛不足。キノコを食べた方がいい!」 と、ストレートな下ネタとも取れる内容を、大真面目にズバズバと叫んでいました。

日本では、職場でも教育の現場でも、ここまで直接的で赤裸々なコミュニケーションはセクハラ問題も含めてまずあり得ません。しかし、ケニアの彼女にとっては、それこそが彼らの関心を一瞬で惹きつけ、納得させるための最も健康的でパワフルなアプローチなのかもしれません。

そのあまりのたくましさと、境界線のなさに思わず苦笑しつつも、きれいごとだけではない、現地に響くアピールの熱量に、どこか爽快ささえ感じてしまいました。

4年の風化と、中国の影のなかで「日本」を残す意味

オフィスでは、昨日行われたサッカー日本代表戦の話題に花が咲きました。

結果は悔しい逆転負けでしたが、同僚たちは私を気遣ってか、口々に日本を称えてくれました。 「日本は本当に素晴らしいチームだったよ。負けたけれど、世界を驚かせたのは間違いいない」

彼らの優しい温かさに感謝しつつも、ふと、現実が脳裏をよぎりました。

「4年前に日本が世界の強豪であるスペインやドイツを撃破して大金星を挙げた興奮を、今このオフィスの何人が覚えているだろうか」

おそらく、ほとんどの人の記憶からは、すでにあの熱狂はきれいに消え去っているはずです。 4年という歳月は、それほどまでに人の記憶を簡単に風化させてしまう、長く、非情な月日なのです。それはサッカーに限った話ではありません。

協力隊としての私たちの活動だって、全く同じです。 2年という任期を終えて、私がこの国を去ったあと。その活動の足跡が、システムとして地域に残り続けるのは、想像を絶するほどに難しいことです。おそらく、実際に私と一緒に汗を流し、時間を共有したごく一部の同僚たちの心の中に、紙一重の記憶として残るくらいが関の山でしょう。

活動のシステムが、私が去った後も持続して自立してくれたら、それはボランティアとしてこれ以上ない理想です。 ただ、もう一つの切実な願いとして。

このマトゥングの人々の中に、「日本」という国、および「日本人」という存在を、温かい記憶としてしっかりと残したい。

現在、アフリカ・ケニアの至る所には、中国の資金力によって建てられた巨大な道路や近代的な橋が立ち並び、中国による大規模なインフラ開発が目立っています。 私のような、一切の予算も決定権も持たない一ボランティアに、彼らのような目に見える巨大なモノを遺すことはできません。

しかし、お金やモノを与えて去っていく巨大な支援の影で。
一緒に畑の泥にまみれて鍬を振り、笑い合い、喜びを分かち合った、一人の日本人がいたという事実。 その温かい体温を伴った記憶こそが、何年経っても色褪せない、この地における日本の最高のプレゼンスになるのだと信じています。

記憶に残ることの難しさを知りながらも、誰かの心の中に小さな「日本の灯火」を灯し続けられるように。
明日からも頑張ります。