観光地ナイヴァシャの、もう一つの顔
今日は、ナイロビの北西にある「ナイヴァシャ」へ小旅行に出かけました。ナイヴァシャ湖を中心としたこの街は、近年、気候変動の影響で湖の水面が上昇し、日本でもニュースになるほど世間を騒がせています。

地熱発電を利用した温水プール、雄大な地層、湖畔のキャンプ、自転車で回れるサファリ。ナイロビからのアクセスも良く、レジャー満載の観光地として有名な場所です。 実際、道中の休憩所には白人やアジア人など多くの外国人観光客が溢れていました。そこで売られている水(500ml)の値段は、驚愕の400シリング(約460円)。「ガリサーナ!(高い!)」と思わず叫びたくなるほどの観光地価格です。
しかし、私の今日の目的地は、そんな華やかなレジャー施設ではありません。目指すは、バラ農園です。 ケニアは世界有数のバラ輸出大国であり、その生産のほとんどが、ここナイヴァシャで担われています。なぜ、この地でこれほどまでに大規模な産業が発展したのか。その理由を探るべく、農園の門を叩きました。

「パンダファーム」という名の、巨大企業
ナイヴァシャエリアに到着すると、車窓の景色が一変しました。 視界を埋め尽くすように、不自然なほど大量のビニールハウスが立ち並んでいます。その規模は、圧巻の一言です。

私たちが訪れたのは「パンダファーム(Panda Flowers)」。 可愛らしい名前から中国資本の会社かと思いきや、オーナーはイスラエル人だそうです。そしてその中身は、名前の響きとは裏腹に、最先端技術を駆使した超巨大アグリテック・カンパニーでした。
標高2000メートル以上という、バラがゆっくりと、高品質(色がはっきり鮮やか/茎が太く長持ち)に育つ冷涼な気候。ヨーロッパへの輸送に適した立地。 そして、国家単位で推進されているバックアップ体制。
訪れる前、AIや事前リサーチが教えてくれた産業化の理由は、確かにそこにありました。しかし、実際に現場を歩いて肌で感じたのは、それ以上の「人の凄み」と「徹底的なシステム」でした。

徹底的なクオリティ管理と、世界市場への挑戦
この農園では、品種改良から始まり、堆肥・肥料の自社製造、そして廃棄物の循環システム構築まで、すべてを内部で行っています。 驚かされたのは、その管理の厳格さです。

花のフェーズや手るにに合わせて、育て方を変えて、徹底的な水分量の調整を行っている。
生産されるバラは全て輸出用であり、その90%以上がヨーロッパ、一部が中東へと出荷されています。厳しい品質基準を持つヨーロッパ市場で信頼を得て、契約を勝ち取り続けるためには、一切の妥協が許されません。 使用する化学肥料はWHOの基準に則り、クラス1から4まで厳密に管理されています。計算された量を散布した後、一定時間が経過するまでは誰も立ち入れないという徹底ぶり。さらに、スタッフは法律に基づき、3ヶ月ごとに血液検査を受けることが義務付けられているそうです。

「それを無視したらヨーロッパ市場ではだめ」。 案内してくれた方の言葉からは、グローバル市場で戦うことの厳しさと、プロフェッショナルとしての矜持を感じました。

芋虫は絶対的に許されないそう。

1,100人の雇用と、福利厚生
ここで働く従業員は、常時約1,100人。バレンタインや母の日といった需要期には、さらに臨時スタッフを雇用するといいます。 大学で専門的に農業を学んだ人材や、地元の研修を受けた人々が、それぞれの持ち場で働いています。 専門的な知見を持つ人材を配置し、徹底したクオリティ管理のもとで大規模に展開される事業。その圧倒的な合理性と迫力を前に、「これは日本も容易には勝てない」と、正直なところ圧倒されてしまいました。

彼らを支える福利厚生も充実していました。 8時間労働の徹底、医療費の無料化、毎年の1ヶ月休暇、3ヶ月の育休制度。 人を大切にし、働く意欲を引き出す仕組みが整えられていることは、製品のクオリティに直結しているのだと感じました。農家のエンパワーメントと適切な労働環境。それによって確かなブランディングを行い、フェアトレードを実現しているのです。

従業員は女性が多く、エンパワメントにもつながっているように感じた。
アグリテックの最前線と、魚による監視
経営の安定化を図るための戦略も、非常に勉強になりました。 バラだけでも数え切れないほどの種類があり、今も新品種のテストが繰り返されています。それに加え、カーネーションの栽培や、ローカル農家に向けた野菜苗の販売など、事業の多角化が進められています。

花は需要の変動が激しく、流行り廃りもある。さらに、ハウス建設(1棟1億シリングとも!)、冷蔵設備、ロジスティクスといった莫大な初期投資がかかり、育つのにも時間がかかるため、短期的な回収は難しい。だからこそ、事業と卸売先を多角化し、経営を盤石にする。 体力のある大企業の定石とはいえ、そのスケール感を目の当たりにすると、圧倒されずにはいられませんでした。

一方で、とても面白い発見もありました。 最先端の管理システムが稼働する中で、水の浄化を確認するために、溜池で魚を飼っているのです。「魚が生きていれば水はきれい」。そんな原始的なモニタリング手法が、ハイテクなシステムと共存しているダブルスタンダード。そこに、なんとも言えない人間味と合理性を感じて、面白かったです。
圧倒的な規模を前に思うこと
約2時間のガイドツアーは、本当にあっという間でした。 花を作るというのは、想像以上に難しいビジネスです。 バリューチェーンの確立、厳格な品質管理、そして莫大なコスト。小規模農家がこの市場に単独で立ち向かうのは、正直なところ至難の業でしょう。

民間セクターの努力だけでなく、認証制度や労働法といった国の厳しい規制とバックアップがあって初めて成り立つ、巨大な産業。 その裏側にある緻密な戦略と、そこで働く人々の熱量に触れ、ただただ圧倒された一日でした。
もし機会があれば、ナイヴァシャの他の農園も見てみたいです。
知れば知るほど奥が深い、ケニアの農業の「リアル」を垣間見た気がします。

▼本日訪れた農園


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