【ケニア派遣164日目】「これじゃ私たちのプロジェクトだ」。口だけ農家への不信感と、実習生たちがくれた温かい言葉

キノコ栽培の現場で直面した「農家の主体性の欠如」。最も過酷な滅菌作業中にいなくなる農家に対し、同僚が漏らしたため息。自律的なパートナー選びの難しさと、デモ圃場を起点とする堅実な拡散戦略。

怪我の朝と、イチゴの「簡易ハウス」計画

ナタ(パンガ)で左手を深く切ってから、一晩が明けました。

朝起きて傷口を確認しましたが、幸いなことに発熱はなく、指の色の変化も大きくありません。心配していた感染症の兆候は、今のところ大丈夫そうです。ホッと胸を撫で下ろしました。 とはいえ、油断は禁物です。今日は傷口にバイ菌が入らないよう、土などの汚れるものにはほとんど触らないように細心の注意を払って活動しました。

午前中は、イチゴ農家の元を訪問しました。 全体の作業自体はそこまで進んでいませんでしたが、イチゴの株自体はとても順調に増えており、しっかりと新しい根を張っていました。

今日は、ポッドで受けて十分に根を張らせておいた株をいくつか切り離し、定植の作業を行いました。最初から根がしっかり張っているポッド苗なので、普通に植えるよりも早く土に根付いてくれるはずです。

作業の後、農家の娘さんも交えて今後の方針について話し合いました。 彼女たちの口から飛び出したのは、「簡易的なビニールハウス(屋根)を作りたい」という、非常に前向きな提案でした。 雨季の激しい大雨からイチゴを守り、水分量を適切に管理するために、どうしても屋根が必要だとのこと。

彼女たちのやる気は本当に凄いです。可能な限りその情熱をサポートしてあげたい。 「自分たちでできることはどこまでなのか」「私が支援できる範囲はどこからなのか」、現実的な予算や資材を突き合わせながら、ディスカッションを重ねました。

「私たちのプロジェクトだよね」というため息

イチゴの現場を後にして、マッシュルーム農家の元へ向かいました。 こちらでは、昨日とほぼ同じ滅菌や仕込みの作業が行われていました。

農家の方から「今日は手を怪我しているんだから、何もやらなくていいよ」と声をかけてもらったので、お言葉に甘えて作業には加わらず、彼らの手際を横から眺めたり、同僚のPCでの事務作業を手伝ったりして過ごしました。

しかし、ここで少しモヤモヤする出来事がありました。 キノコ栽培のプロセスにおいて、最も時間と体力を奪うのが「ドラム缶での滅菌作業」です。数時間も薪の火を絶やさず、温度を管理し続けなければなりません。 その一番キツい作業の途中で、農家本人がどこかにいなくなってしまったのです。

残された事務所の同僚や実習生たちが、代わりに火の番をして滅菌作業をこなしている。
その様子を見て、同僚がぽつりと呟きました。

「これじゃあ、農家のプロジェクトじゃなくて、私たちのプロジェクトだよね」

同僚の深いため息が、私の胸にも重く響きました。正直なところ、この農家さんはお金の面でも作業の面でも、自ら進んで負担を負おうとしない。口だけの部分が目立ちます。プロジェクトの立ち上げ期とはいえ、少しずつ不信感が募ってきているのが本音です。

キノコ栽培は、培地づくりから滅菌、植菌まで、本当に多くの労力と時間管理が必要です。 当事者が「本気で自律的に動く」という強いマインドセットを持っていないと、このビジネスを維持していくのは極めて厳しい。 今の農家さんの様子を見る限り、このまま彼一人に固執するのはリスクが高いと感じました。できれば、別の意欲的なパートナー農家も並行して探しておきたいところです。

ただ、怪我の功名というか、今回のトレーニングを通して同僚と実習生たちの頭には、キノコ栽培の知識が完璧にインストールされました。 彼らがこれだけ頼もしく育ってくれたのであれば、今後この農園をあくまで「みんなで管理するデモ圃場」として位置づけ、ここで得た成功体験をベースにして、本当にやる気のある別の農家へ横展開していくのが、最も堅実で賢いルートなのかもしれません。

そこらへんに落ちている草木を使って上手に火を維持させる。彼らの生きる力から学ぶべきことは多い。

「彼は日本人だよ」と訂正してくれる同世代の仲間

夕方5時過ぎまで作業を行い、帰り道は大学生の実習生たちと一緒に、歩いて帰宅しました。

普段、関わる農家さんも事務所の同僚も、基本的には私より一回り以上年齢が上の人たちばかりです。だからこそ、こうして同じくらいの年齢の実習生たちと他愛のない会話をしながら歩く時間は、とても新鮮で、純粋に楽しかったです。

彼らは日本や日本人について非常に興味を持ってくれており、私の拙い話を目を輝かせて聞いてくれました。

何より嬉しかったのは、歩いている途中で、通りすがりの人からいつものようにからかわれた時のことです。 横を歩いていた実習生が、その人に向かって、 「彼は日本人だよ」 と大きな声で訂正してくれたのです。

さらに、「こういう失礼な奴は一定数いるけれど、ケニア人全員がそうじゃないから、気にしないでね」と、私を気遣う言葉までかけてくれました。 ケニアに来てから、アジア人というだけでからかわれるのは日常茶飯事でしたが、現地の人が私のためにそれを庇い、訂正してくれたのは、非常に珍しい経験です。
彼の優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなりました。

今週は、キノコプロジェクトの始動や怪我など、肉体的にも精神的にも本当に色々なことが起きた、激動の1週間でした。 週末はとにかくしっかりと休み、指を安静に保ち、来週からまた全力で動けるように心身を整えたいと思います。

子どもって、なんでもおもちゃにしてしまう。「見立て」のクリエイティビティがすごいなと感心します。

サイトリニューアル公開と、AIエージェントの衝撃

本日、数日前から進めていた自身の活動発信サイトの大型リニューアルを完了し、無事に公開しました。 AIエージェントを壁打ち相手にして、サイトマップを根本から見直し、不自然だったURLの構造を修正し、デザインのUI/UXを大幅にアップデートしました。個人的に満足のいく、仕上がりになったと思います。ぜひ覗いてみてください。

それにしても、フロントエンドのコーディングやデザインの作業において、AIがもたらす恩恵は凄まじいものがあります。 自分の大まかなイメージを自然言語で伝えるだけで、AIが意図を汲み取り、完璧なコードを一瞬で吐き出してくれる。もはや「技術的なスキル」の有無は、何かを作る上での大きな障壁ではなくなりつつあります。

さらに、今やプログラミングといった論理的な作業だけでなく、音楽、映像、小説などの「芸」の領域にまで、AIが猛烈な勢いで侵入してきています。 実際、世界の様々な芸術のアワードで受賞している作品の多くに、AIの技術が裏で使われているそうです。そのクオリティは、生身の人間が作ったものと見分けがつかないレベルにまで達しています。

これからの世界はどうなるのでしょうか。AI開発の先駆者であるダリオ・アモデイ(Anthropic社CEO)は、こんな言葉を遺していました。

「これからの時代は『AI対人間』の構図になるのではない。それは『AIによってエンゲージ(拡張)された人間』対『AIによってエンゲージされた人間』の戦いになるのだ」

まさにその通りだと思います。AIを敵視して遠ざけるのではなく、いかに自分の手足として使いこなし、自分の能力を10倍、100倍に拡張していくか。その「使い手」の差が、これからの人間の価値を決める最大の要因になっていく。

現在、最高峰のAIモデルであるMythosの技術流出が密かに噂されています。近いうちに、さらに圧倒的なモデルが一般に普及し、世界はまた一段と加速していくはずです。 結局、それを誰が、どのように使うのか。 すべては人間の「倫理観」にかかっています。 きっと、数多くの理不尽なトラブルや悪用は起きるでしょうし、それを完璧に防ぐことはどうしようもないのかもしれません。

そんな果てしない未来のテクノロジーの行方を、ケニアの静かな部屋で、ズキズキと痛む左の親指をさすりながら見つめる。不完全な人間と、完璧に近づく機械。 その対比を面白がりながら、静かに眠りについた夜でした。