解熱の朝と、同期への感謝
今朝、ようやく熱が下がりました。
ベッドから起き上がった瞬間、明らかに昨日とは違う「身体の軽さ」を感じました。 まだ奥の方に鈍い頭痛は残っていますが、昨日のフルアタック(頭痛・関節痛・腹痛・高熱)に比べれば、天国のように楽です。健康であることのありがたみを、細胞レベルで噛み締めています。
今回のマーケット調査(とそれに伴うダウン)で、同期隊員の家には大変お世話になってしまいました。 本当に迷惑をかけてしまったなと反省しつつ、異国で倒れた時に頼れる人がいることの心強さに救われました。今後は体調管理を徹底し、人に心配や迷惑をかけないよう気をつけようと固く心に誓い、同期の家を後にしました。
スーパー「Naivas」の壁と、自立のジレンマ
そのまま帰路につく前に、カカメガのタウンで少しだけスーパーの青果担当の人と会話をしました。
ケニア最大手のスーパーである「Naivas」などで話を聞いて分かったのは、スーパーに農作物を卸すにしても、企業によって手順やルールが全く異なるということです。 特にNaivasのような巨大チェーンは、カカメガの店舗で「これが欲しい」と思っても、必ず「首都ナイロビの本部に話を通し、審査・決裁を受ける必要がある」とのこと。 先日ブンゴマのスーパーで言われたことと全く同じです。時間はかかるでしょうが、流通や商流の仕組みを知る上では非常に良い勉強になります。
本当は、私ではなく「農家自身」にこの営業や交渉の手順を踏ませたい。私が帰国した後も彼らが自力で販路を開拓できるようになるのが、コミュニティ開発の本来のゴールだからです。
しかし、さまざまな交渉、ナイロビ本部とのやり取り、品質や納期の確約……。 今の彼らのフェーズでそれを丸投げするのは、さすがにハードルが高すぎて挫折してしまう気がします。生産だけでも大変なのですから。
私がどこまでレールを敷き、どこから彼らに歩かせるか。そのバランスの取り方は、これから慎重に考えていきたいと思います。
マタツの揺れと、日本にはなかった「余白」
カカメガから任地のマトゥングへ帰るマタツ(乗合バス)の中。 車窓を流れる景色を見つめながら、この1週間で調べたこと、飛び込み営業で得た感触、失敗したことなどを、頭の中でゆっくりと整理し直しました。
ふと気づいたことがあります。
マタツの移動時間は、思考を整理するのに極めて最適な時間だということです。
舗装されていない道の、ほど良い(時に激しいですが)揺れに身を任せ、あれやこれやと、ただ思考の波の中を漂う。 この「余白の時間」が、今の私にとって信じられないほど大切で、豊かなものに感じられました。
そういえば、日本で電車に乗っていた時の移動時間は、何をしていたっけ…
耳にはイヤホンを突っ込んで音楽やラジオを聴き、目はスマホの画面に釘付けになって漫画や本、ニュースを読んでいる。あるいは、疲れ果てて眠っているか。 常に何らかの情報をインプットし続けていて、頭の中を空っぽにして「ただ考える」という余白の時間は、思い返せばほとんどなかった気がします。
情報から強制的に切り離され、ただ揺られるだけのケニアの移動時間。 非効率の極みのように見えて、実は人間の脳に一番必要な「整理と閃きの余白」をくれているのかもしれません。
自宅作業と、ゆっくり進む今週
帰宅。 昨日「ちゃんと休もう」と決意したばかりなので、今日は事務所には行かず、家でゆっくりとPC作業などをすることにしました。
幸い、熱は下がりましたが、頭はまだ少し痛みます。 焦って動いてまたぶり返しては元も子もありません。 「ギリギリまで戦わない」という教訓を胸に、今週はとにかくスローペースで、ゆっくりやっていこうと思います。
回復の兆しと、マタツの中で見つけた心地よい余白。 悪くない1日でした。


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