• アフリカを旅した大学生

旅の総括Part1 〜アフリカってこんな場所だった〜

「アフリカ」は日本にとって遠くにある無関係な場所。

そう考えている日本人がほとんどだと思います。私もかつてはそんな1人で、「アフリカ」のイメージは「黒人・貧しい・遅れている・暑い」でした。

しかしあるきっかけから興味をもち勉強を始めると、その多くのイメージが間違っていることを知りました

つまりアフリカ大陸には黒人以外の人種も多く、季節によっては日本より暑くもなく、高層ビルが立ち並ぶ大都市もたくさんあるのです。ただ、勉強を進めても、アフリカ大陸の情報はとても少なく今の現実的な”アフリカ”は見えてきませんでした。そこで、実際に足を運び自分の目で確かめることにしました。その結果、半年間で11カ国を回り色々な“リアル“を見ることができました。それを文章から少しでも感じてもらえたら幸いです。

まず最初にアフリカ大陸に上陸して、最も驚いたことは日本の物が溢れていることでした。鉄道がほとんど走っておらず、超車社会であるアフリカを走っている車は、ほとんどがTOYOTAと日産でした。また 家電はSONYの製品がしばしば見られ、至るところで日本の援助を受けた印のJICAのロゴを目にしました。私たちが知らないだけで、日本とアフリカは深く繋がっていたのです。

一方、最近はアフリカ中の国や産業に中国の影響力が増加しています。それだけアフリカ大陸は投資価値がある場所なのでしょう。アフリカ大陸には若者が多くマンパワーがある上に、天然資源も豊富で可能性に満ち溢れています

いずれアフリカ大陸が世界の中心になる可能性は多いにあると思います。その事に気づかず、「アフリカは日本にとって遠くにある無関係な場所。」と考えているようでは、世界の成長から取り残され、日本の将来は危ういでしょう。

そんなアフリカ大陸ですが、はたして西洋的で資本主義的な豊かさを追求し、発展していくことが正しいことなのかは慎重に考えるべきポイントだと思います。

私はこの旅を通して「豊かさ」とは何かを突き付けられる場面が多くありました。

ナイロビやヨハネスブルグなど大都市ほど、一部の経済的に豊かな層がいる一方で搾取される側の人や発展に取り残されホームレスや物乞をしている大人や子どもがたくさんいました。

ところが世界最貧国と言われるマラウイを筆頭に、決して経済的に豊かではない地域ではむしろ全ての人が「豊か」つまり自分なりの幸福を手にしている様に見えました。彼ら彼女らは資本主義の大原則である損得という感情に縛られることなく、モノをシェアし、困っている人がいたら無償で助け合い、己の信念を何よりも大切に生きていました。

私はこの「人を助ける」信念は部族や宗教、家族などにルーツを持つアイデンティティから生まれたものだと思えました。

ただ過去に日本がそうであったように、発展≒西洋化すればするほどそれらのアイデンティティへの帰属意識は薄まり、人を助けるどころか人を蹴落とし出し抜くようになっていきます。その先には虚しさしか残らないのではないでしょうか。結局のところ人は人との関係性の中でしか幸せになれないと思います。この旅を通して人を愛し、人から愛されることだけが持続的な幸福感・豊かさを得る唯一の方法だと、色々な人や街と出会い感じました。

もっとも生活インフラを整える、公衆衛生を整える、日々の食事に困らないようにする、全ての子どもが夢を持てるようにする…など生活水準を上げるために発展を支援する必要はあります。しかし支援を行うにあたり人間の宝であり本質である”アイデンティティ”を損なうことのない方法を模索してなければならないと思います。

世界の中心となるかも知れないアフリカ大陸でそれができれば、ポスト資本主義への“新たな道“になる可能性もあると思います。今はまだ机上の空論に過ぎないかもしれませんが、その道の追求は私たち全人類にとって、今考えるべき最も重要な課題の一つでしょう。

AIの急速な発展に伴い人間の存在価値自体を問われている現代において、経済的豊かさ・貧しさ、人間的豊かさ・貧しさなど多様で多元的な人々が住むアフリカ大陸を旅し実感できたことは大きな価値があったと思います。

数年後のアフリカ大陸がどうなっているのかは全く予想もつきませんが、ヒトが生まれたこの大陸から再び始まるであろう新たな時代が愛に満ち溢れているように、私も時代を築く1人の人間として頑張りたいと思います!!

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